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名古屋高等裁判所 昭和30年(ネ)194号 判決 1956年8月18日

控訴人 伊藤元太郎

被控訴人 伊藤昌郎 外四名

主文

原判決中控訴人に関する部分を取消す。

津地方裁判所四日市支部が同庁昭和二十四年(ヨ)第一号仮処分申請事件に付昭和二十四年一月二十五日為した仮処分決定中控訴人に関する部分は之を取消す。

被控訴人等の控訴人に対する本件仮処分申請は之を却下する、訴訟の総費用中被控訴人等と控訴人との間に生じた部分は第一、二審共に被控訴人等の負担とする。

本判決は仮に執行することが出来る。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め尚予備的に特別事情による本件仮処分の取消の判決を求め被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の供述は次の点を除き原判決及差戻前の当審判決に摘示するところと同一であるから茲に之を引用する。

控訴代理人は原審共同被告であつた株式会社伊藤醤油部は原判決に対し控訴人伊藤元太郎と共に控訴を申立てた後右控訴を単独で取下げたけれども本件訴訟は右株式会社と控訴人伊藤元太郎との間に合一に確定すべき必要的共同訴訟であるから右控訴の取下げは無効であると述べ被控訴代理人は右控訴代理人の主張は失当であると述べた。

<証拠省略>

理由

案ずるに訴外株式会社伊藤醤油部(原審共同被告)が被控訴人主張の資本金を有した株式会社で昭和二十三年七月四日の株主総会に於て其の資本金を金七十五万円(一株の金額五十円一万五千株)を増資し新株は従来の株式一株に付き三株宛割当引受けしむることに決議したこと、右新株に付き従来の株主中に総計五千九百五十株の引受なきものを生した結果同年七月三十一日の会社役員会に於て右引受なき株式全部を控訴人をして引受しむることを決議し訴外会社と控訴人との間に該株式引受契約を締結したこと、次いで同年八月二十一日の増資報告の為の株主総会に於て之を承認し登記手続も完了したことは当事者間に争のないところである。

本件仮処分申請の基礎をなすものは右株式全部を控訴人一人に於て引受けしめたことが無効であると謂うに在るから先づ此の点を審究するに成立に争のない甲第二号証(乙第一号証)甲第三号証に依れば前記株主総会に於ける増資決議に於ては増資新株一万五千株を全株主に対し一株に付三株の割合で公平に割当てることとし且つ引受を希望しない者ある場合の対策として(イ)一定の期日までに割当数に対じ応募の不足ある場合に於てはその株式は当会社の株主の希望を参酌してその希望者及び取締役会に於て相当と認める当会社従業員に割当て(ロ)其の他の事項は凡て取締役会に一任することに決議せられて居ること明かである。増資決議に於て新株を株主の持株数に応じて割当て新株引受の機会を与へた以上株主平等の原則は完全に且十分に満足せられたもので引受なき残株に付いて更らに全株主に対し持株数(或いは引受希望申出数)に応じ按分して割当てる手続を数回又は数十回履践すべき旨決議することは理論的に毫も差支なきも斯る手続を何回重ねても結局引受の希望なく或いは希望のみで株金払込を実行しない残株を生ずる可能性があるから終局的には責任ある取締役会の処置に一任する外ないであろう。本件決議に於ては所謂る公平なる割当の手続を一回に限ると共に引受なき残株を役員会の処置に一任し只だ引受をなさしむる相手方の資格を会社の株主及相当と認むる会社従業員に限定したのみで其の株主と従業員に付きても優先順位の制限を附せず又割当てる株式数に付きても何等制限をせず一切を役員会の処置に一任したもので従つて仮りに役員会に於て資金必要の緊急度金融の情勢、株金払込実行の確実性を参酌して特定の従業員又は株主に全株式を引受けしめても毫も増資決議に違反し又は商法の株主平等の原則に反するものと謂うことを得ない。被控訴人の全立証に徴するも株主総会の決議の趣旨を右と異なる解釈をなすべき事由は認められず又総会に出席した株主の内に現実に右と異なる意味に考へて居たと認めらるる株主が居たことも認められず又仮りに特定の株主が内心に於て右と異なる趣旨の意思を有して居たとしても出席株主の総意として決議に表示せられた客観的な意味を左右することは出来ない。而して前示総会の後直ちに役員会に於て増資の実施方法として引受なき残株は「取締会に於て従前の株主に対して引受しめ尚会社従業員に対し取締役に対し取締役会の決議を以て割当てる」旨の決議を為したるも具体的に割当をなすべき株式数を定むる基準に付いては何等定めず引受希望の申出数と株金払込可能の確実性との両者を如何なる程度に尊重勘案して割当数を定むるかの裁量は取締役会に留保せられたこと甲第三号証に依り明白である。而して其の後増資手続の実施に依り引受なき残株が五千数百株の多きに達し遂に役員会は株金払込の確実性を重視し控訴人をして全株式を引受けしむることを決議したもので右役員会に於て控訴人が後日株式の希望者あれば譲渡すべき意思を有し之れを何等かの形で表明したとしても特定の人と譲渡の予約其の他の類似契約を結んだり株式引受契約に斯る条件を附したり其の他役員会に出席した会社役員に対し決議の効果に影響する様な誤解を生ぜしめた様な事情は被控訴人の全立証に依るも認められない。

果して然らば控訴人と訴外会社との株式引受契約は有効であること明かであるから之が無効なることを前提として右株主権の行使を制限しようとする本件仮処分は失当であるから之れを認可した原判決を取消すと共に本件仮処分を取消し仮処分申請を却下すべきものである。

尚原審共同被告であつた株式会社伊藤醤油部と控訴人との間に必要的共同訴訟の干係ありと主張するけれども仮処分は本案訴訟の如く実体的権利干係を確定するものでなく本案の執行を保全する必要な一時的の法律干係を設定するに過ぎないものであるから必要的共同訴訟の関係を生ずることなく従つて前記会社の本訴に於て為した控訴取下により右会社と被控訴人間の訴訟は終了した。と認むべきである。

仍つて民事訴訟法第七百五十六条ノ二第三百八十六条第八十九条第九十六条に則り主文の通り判決する。

(裁判官 北野孝一 中浜辰男 吉田彰)

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